阪神淡路大震災から19年・・

阪神淡路大震災から19年・・

この時期になると思いだす話があります。

19年前の1月17日、突然起こった阪神淡路大震災、当時、私は伊丹市内のマンション7階に住んでおりました。冬の明け方ですから外は真っ暗で、突き上げられるような衝撃に続いて激しく横揺れがあり、日頃は目覚めの悪い私でさえ一瞬にして目が覚めました。 横揺れ揺れが収まらない中、家具やテレビ、テーブルが部屋中を踊り、食器が床に落ち激しく割れる音、パニックになりながら頭の中では『ゴジラのような怪獣が表れてマンション1棟ごと揺すっているのかぁぁぁ?映画の中にいるみたいだぞぉ・・キャーー!このままマンションが倒れたら・・北側に倒れたら家具は自分の上に落ちないから助かるなぁ、いやいや待てよ、南側に倒れたら押入れの重たい荷物、その裏側にあるユニットバスが落ちてきたら完全に潰されてペッチャンコや!アカンこのままでは死んじまうかも!とにかく明るいところへ逃げよう。そうだ、JRのホームへ行こう!JRは自家発電しているから停電にならないって、聞いたことがあるぞ!よしっ!』等々と、やけに冷静に1歳にならない娘抱きかかえてホームに向かって走ったことをハッキリ覚えています。幸いマンションは倒壊せず、火災も発生せずにマンションの住人はみなさん無事でした。

しかし、尼崎から神戸にかけて沿岸部や住宅密集地の方々は、家屋の倒壊、火災によって多くの方が住居を無くされ、震災直後は体育館や公園にテントを張って生活されている方も多く悲惨な状況でした。

復興住宅や民間の賃貸住宅への入居が進み、震災前の生活に少しずつ戻ってきたころ、震災後の阪神間は建築ラッシュが始まり、分譲マンション・分譲住宅がドンドン建築され、住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)の『災害復興住宅融資』という住宅ローンが利用できるようになりました。 この『災害復興住宅融資』は一般の住宅ローンとは異なり、融資基準が緩く借入しやすいローンでした。被災者の方々を支援するという趣旨の融資ですから申込件数も多く、相当数の方が利用されました。

ただ・・融資基準が緩いために、無理をして住宅を購入された方が多いことも事実です。借入当初は金利が低いうえに返済額を低く抑え、数年後に金利・返済額共に上昇するという返済方法なので、途中で行き詰る方が多数おられたのです。(当時はステップ返済やゆとり返済という返済方法があったのです。)

震災後10年を過ぎた頃から『災害復興住宅融資』をご利用の方からのご相談が増えだし、売却をお手伝いしたことがありました。 お名前は出せませんが、みなさんお元気ですか?

不動産に関わる・・あんなこと、こんなこと、 『どうしようか?』『どうしたらいいのかな?』『誰に聞けばいいのかな?』 そんな時は、私達を思い出してください。   お電話でのご相談から、ご来店いただいてのご相談、何なりとご相談ください。 ご来店の場合は事前予約をお願いいたします。土曜日・日曜日もご相談承ります。


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